ビジネスにおけるデザインの重要性が高まっている現代。デザインやクリエイティブをどのようにビジネスに活かし、統合していくかについて、さまざまな議論が進んでいます。
そこで、ビジネス戦略からクリエイティブ制作まで一貫して支援するセブンデックスでは、「ビジネスとクリエイティブの統合」をテーマに新連載をスタート。ビジネスとクリエイティブの統合に先進的に取り組む企業が、両者の関係性をどう捉え、どのような実践をしているかを紐解きます。
連載2回目にお話を伺うのは、エムスリー株式会社の業務執行役員 CDOの古結隆介さん。エンタメ業界のデザイナーとしてキャリアをスタートし、事業のことも考えられるデザイナーを目指し、エムスリーに入社。一度退社して株式会社ビズリーチ(現ビジョナル株式会社)でデザイン組織の拡大推進に取り組んだのち、2020年にエムスリーに復帰。現在はCDOとしてエムスリーのデザイン組織をマネジメントしています。
「デザインとは事業そのもの」というのが古結さんの基本的な考え方。その背景にある古結さんのこれまでのキャリアや人生経験、エムスリーのCDOとして取り組んできたこと、ビジネスとクリエイティブの統合を進めたい企業に向けた提言を聞きました。
▼プロフィール
古結隆介
エムスリー 業務執行役員 CDO
大阪芸術大学映像学科卒業。Webを主な領域とするデザイナーとして、ラジオ局傘下の制作会社、映像配信サービス会社(当時のGyaO)を経て2009年にエムスリー入社。8年勤めたのち、ビズリーチに転職し、デザイナーの採用や教育を担う組織を立ち上げる。2020年、エムスリーからの要請を受け再び入社し、デザインチームの拡大を担う。2021年4月、CDOに就任。2024年4月より現職。
目次
鬼才の映画監督に憧れた学生時代
——古結さんの過去のインタビューなどを読むと、「ビジネスとデザインを統合する」という考え方がよく出てきますね。そう考え始めたきっかけはなんだったのでしょう?
もとはといえば、両親の影響が大きいです。父は飲食関連の会社を経営していて、母は油絵を描いたり、アートフラワー(造花)のお店を経営していました。家のなかでビジネスとアートに関することを見聞きすることが多く、子どもの頃から、その二つを両立することに興味を持っていたんだと思います。ちなみに、高校生の頃の夢は映画監督。クエンティン・タランティーノやジョージ・ルーカスのように、自己表現を貫きながら興行収入を成功させる姿に憧れていました。
——どちらかといえば「ビジネスとアートの両立」を目指していたんですね。なぜ、ファーストキャリアでデザイナーを選ばれたんですか?
正直なことをいえば、大学卒業時はそこまで深く考えず、「WEBデザインができたら生活できそう」という理由でデザイナーになったんです(笑)。最初に入社したのは、ラジオ局のグループ会社。番組のページの制作や動画配信業務を行っていました。その後、株式会社USENに移り、GyaOのUIデザインや番組ページ制作を担当。6年ほどエンタメ業界のデザイン業務に携わりました。
USENは事業会社でありながら、GyaOという動画メディア事業の特性からスポンサーの要望に答えるクライアントワークも多く、制作会社としての一面も持っています。その環境で働いたことで、事業と制作を一体で考えるようになったのが、今の「ビジネスとデザインを統合する」という考え方のもとになっています。
「事業に貢献するデザイナー」としての一歩を踏み出す

——その後、エムスリーに転職。会社のどのようなところに惹かれたんですか?
「自ら主体的に考えて働く仕事」に挑戦しようと思って、転職することにしたんです。それで、いくつかの会社を受けたなかで、エムスリーの採用面接がすごく印象的だったので入社しました。
その面接では、担当者がホワイトボードにロジックツリーで事業課題を整理しながら、「どう事業を伸ばしたらいいと思いますか?」とペンを渡され質問されました。当然そんなことは考えたことなかったのでうまく答えられませんでしたが、「ここならビジネスについて考える力を鍛えられそうだ」と思いました。
——実際に入社してみてどうでしたか?
「デザインをするだけでなく、事業やチームにどう貢献するかを考える」ということが常に求められる環境に、最初は驚きました。当時の自分は「KPI」という言葉も知らなかったくらいですから。業務範囲もデザインに限らず、マーケティングやPMなど多岐に渡って、そのなかでも特に学びが大きかったのが、メールマガジンのプロジェクトをリードした経験でした。
外国籍のエンジニアとQAエンジニアと3人で、どう登録者数を増やすか、どう事業の数値につなげるかを試行錯誤する日々。徐々に結果が積み重なっていったことで、周りからも認められるようになり、デザイナーとして、ひとりのビジネスパーソンとして、事業に貢献するとはどういうことかを学びました。
——デザイナーのなかには制作に集中したいという方もいると思いますが、古結さんはなぜ幅広い役割を担うことに前向きだったのでしょうか?
もともと、「アウトプット」よりも「アウトカム」に興味があるタイプだったんだと思います。小学生のころ、『ドラゴンクエスト』や『ドラゴンボール』を真似た漫画をよく描いていたのですが、その関心は絵の技術を極めることではなく、「どうすれば友達にたくさん読んでもらえるか」という点にありました。絵がそこそこ上手ければ満足で、「コピーすればより多くの友達に配れるかもしれない」といった、今思えばマーケティングに近い発想ばかりしていたんです。
だからこそ、絵のスキルを極めたいとか、デザインを極めたいという人のことは心からリスペクトしています。自分の好きなことを極めていく人たちをまとめ、ビジネスをつくっていくことが自分の役割であり、自分にとっての「自己表現とビジネスの両立」。そんな考えが、CDOとしてデザイン組織をマネジメントする現在につながっています。
採用、制度設計、横断型プロジェクトによりデザイン組織を強化
——デザイン組織について考えるようになったのはいつ頃からでしょうか?
10年ほど前、山崎さん(現取締役CTO兼VPoP 山崎聡)のもとで行った「エムスリーデジカル」というプロダクトの立ち上げがきっかけです。そのチームは、当時の日本でまだほとんど浸透していなかった、アジャイル型のプロダクト開発に取り組んでいました。
PM、エンジニア、デザイナーなどが一体となってプロダクトをつくる。サービスの構想段階からユーザーヒアリングを行い、小さく素早くリリースして改善していく。デザイン思考で進める開発チームに衝撃を受けて、「この形のチームを増やすことが、いい事業や会社につながる」と強く感じたんです。そして、そんなチームを支えるようなデザイン組織が必要だと考えるようになりました。

——その後、一度ビズリーチに転職され、デザイン組織のマネジメントを経験したのち、エムスリーへ復帰されましたね。
縁あってビズリーチに入り、デザイン組織のマネジメントや組織人事を担当しました。その後、エムスリーの人事や山崎さんと話す機会があり、「エムスリーのデザイン組織をアップグレードしてほしい」と相談されたんです。
エムスリーは、事業ごとにデザイナーがアサインされていて、みんなそれぞれの事業に真剣に向き合っています。それ自体は素晴らしいことですが、一方で事業部の枠を超えたデザイン組織全体としての連携やコミュニケーションには課題がありました。特にデザイナーの採用など、組織にまつわるイシューに対してはなかなか注力できずにいたんです。
——では、復帰されてからまずはデザイナーの採用に取り組まれた?
そうですね。アジャイル型のプロダクトづくりに共感してくれるデザイナーを採用していこうと考えました。なかでも、1人目の採用には特に力を入れました。デザイン組織にしても何にしても「これをやろう」というのは簡単ですが、その方針を理解し、ともに推進してくれる仲間が大切です。
結果的にこの4年間で、正社員20名程のデザイナーが在籍する組織へ成長しました。採用がある程度うまくいくようになってからは、受け皿となる組織の再編にも取り組みました。
——組織の再編という意味では、どのようなことに取り組まれたんですか?
とにかくデザイナーのみなさんとコミュニケーションをとって、組織課題を洗い出していきました。そこで「横のつながりがない」「他事業の人が何をしているのかわからない」という声が多かったので、まずはそれに取り組むことに。
組織課題をプロジェクトに落とし込み、事業横断の混合チームで取り組むような仕組みをつくったんです。
新入社員のオンボーディングを担当するチーム、ガイドラインをまとめるチーム、共有会を編成するチーム、デザインアセットをまとめるチームなど、様々なチームができました。組織として「これが課題ですね」というものがあれば、どんどんプロジェクトにする。それによって、普段の業務とは違う人とのつながりをつくっていきました。

——事業横断のプロジェクト編成はたしかに有効な手段だと思います。しかし、「自分の事業に集中したい」という方がいた場合、そのマインドを変えるのはなかなか難しいのではないでしょうか?
おっしゃる通りで、それだけで全員が自発的に動くわけではありません。そこで、評価制度に「デザイナー組織への貢献」の項目を追加しました。当時のデザイナーの評価は、半分を事業貢献で決め、残り半分を組織への貢献度で決めていました。
この評価の割合は、組織のフェーズに合わせて毎年調整しています。デザイナー組織への貢献の意識づけができてきた2年後くらいには、その割合を3割に減らしました。現在は、この項目の代わりに「全社採用」の項目を入れています。デザイナー組織を超えて、全社の採用を強化するためのブランドづくりの意識づけをしているんです
デザイナーの評価に「正しさ」を求めすぎない
——評価指標を柔軟に調整しながら、組織の方針を意識づけているんですね。一方、「事業貢献」の項目がずっとあることが、エムスリーのデザイン組織の独自性だと思います。大企業のなかでは、デザイナーをどう評価するか迷われている方も多いと思いますが、その悩みに古結さんだったらどう答えますか?
「この評価で本当に正しいのか?」という悩みをよく聞きますよね。正直に言えば、正しいかはわかりません。質問された時は「わかりやすいから、私たちは事業の数字で評価しています」と答えています。「デザインの効果は間接的じゃないか」と言う人もいますが、本当にそうでしょうか。デザイナーが頑張れば、事業は確実に伸びていくのは間違いありません。
そう思うのはシンプルに、ビジネスが成り立つには、サービスやプロダクトに「触れる・知る・見る」瞬間が欠かせないからです。服でもアプリでも、デザインがなければ形にならないし、無形のサービスでさえ、何かしらデザインが必要。
だから、「デザインは事業そのもの」だと考えています。各事業を担当するデザイナーも、その事業やプロダクトを背負う自負や責任感を持つCDOであると考えているんです。

デザイン活用の文化があってこそ、デザイン経営は真価を発揮する
——エムスリーのデザイン組織における今後の課題や取り組みはありますか?
真に事業貢献できるデザイン組織にしていきたいです。それは、各事業において「プロダクトデザイン」「プロモーションデザイン」「コーポレートブランディング」が機能している状態だと、今は考えています。
事業ブランドを伸ばして採用を強化し、プロモーションでユーザーを増やし、プロダクトの質を向上してユーザーにさらに喜んでいただく。この3つの柱がきちんと機能する好循環を生み出していくために、デザイナー個人のスキル向上や採用、適切なアサインを進めていきたいです。
また、引き続き、アジャイル型のプロダクトチームも広げていきたいと思います。エンジニアやPdM、他組織との連携をしながら、一つひとつ試行錯誤しながら進めていきます。
——最後に、これまでの取り組みから、大企業でデザイン経営や「クリエイティブとビジネスの統合」を目指す方に対して提言などはありますか?
いきなり「デザイン組織を立ち上げます!」などと、大々的にやるのは得策ではないかもしれません。ここ数年、様々な企業がデザイン組織を立ち上げていますが、その背景には、小さなデザインチームの地道な積み重ねがあるはずです。まずは、「デザインが事業や組織に貢献できる」という信頼を、組織内で積み重ねていくことが大事だと思います。
私自身も、エムスリーに復帰して大事にしていた仕事はセールスや人事、マーケのメンバーが使用する資料のデザインでした。直接売上にはつながらなくても、「デザイナーに頼むと良いものができて良い仕事ができる」と感じてもらうことが大事だからです。
小さく積み重ね、信頼という貯金を得てから、組織立ち上げなどの大きな投資をする。経営側もデザイン側も、最初からデザインやクリエイティブへの期待値を上げすぎずに取り組むのが重要かもしれません。デザインやクリエイティブを、ビジネスのあらゆる場面に活用する文化が醸成されてはじめて、デザイン経営が効果を発揮すると思います。

——デザイン活用の文化をつくることが優先だと。文化づくりの旗振り役は、やはり経営陣やデザインマネージャーのような役職者がするといいんでしょうか?
必ずしもそんなことはなく、どの立場の人でも旗振り役になれると思います。私もエムスリーに戻った時は、いきなりCDOではなく、ひとりのリーダーとしてスタートしましたから。
逆に、トップダウンで導入すると、文化づくりの面では逆効果になることもあります。制度設計などのトップダウンと、デザイナーの行動によるボトムアップを組み合わせて新しい文化をつくっていく。そんな柔軟な変革のアプローチが求められていると思います。