生成AIやUI自動生成ツールの進化、SaaSの台頭により、プロダクト開発のスピードとあり方はここ数年で劇的に変化しています。数日かかっていたプロトタイピングが数分でできる時代において、デザイナーに求められる役割もまた、大きく再定義されつつあります。
磨かれたビジュアルよりも、いかに早く仮説を形にし、いくつもの選択肢を試せるか。“見せ方”より“伝わり方”が重視される今、デザインの価値とはどこにあるのでしょうか。
こうした変化は、単にデザイナーにとどまらず、プロダクト開発に関わるすべての職種──事業、マーケティング、経営──にとっても重要な問いとなっています。表層的なアウトプットだけでなく、「何を、どう伝えるか」という構造や言語設計、さらには文化づくりにまで踏み込む視点が、ビジネスとクリエイティブを横断する鍵になりつつあります。
連載「ビジネスとクリエイティブの統合」第6回では、BCG Xでヴァイス・プレジデントを務める花城 泰夢(はなしろ たいむ)さんをゲストに迎えます。キャリアの中で『BrainWars』や『DMM英会話』など数々のプロダクトを成長させてきた彼は、「伝える」を起点に、独自のスタンスで変化の時代を歩み続けてきました。
「大切なのは、ただつくることではなく、ちゃんと“伝わること”。」
その視点こそが、ビジネスとクリエイティブの垣根を超えた、新たな価値創出のヒントが潜んでいます。
▼プロフィール
花城 泰夢(はなしろ たいむ)
BCG X ヴァイス・プレジデント
出版社やクリエイティブエージェンシー、スタートアップなどを経て、2016年にBCGに入社。新規事業の立ち上げやアプリ開発における豊富な実績を有し、手がけたアプリは世界で6000万ダウンロードを達成。BCG テクノロジー・メディア・通信グループのコアメンバー。UI/UXデザインを専門領域とし、幅広い業界において新規事業創出やデジタルプロダクトデザインのプロジェクトを多数手がける。
目次
第一章:伝えることから始まった「独学デザイン」の原点
「デザインって、別に綺麗じゃなくても伝わればいいと思ってるんですよ。」
泰夢さんがそう語るとき、それは単なる美学ではなく、キャリアの原点に深く根ざした思想であることが分かる。彼は決してデザインの専門教育を受けたわけではない。だが、その分だけ、誰よりも「伝わること」にこだわってきた。
最初のきっかけは、新聞社に勤めていた父の影響だった。中学・高校時代に校内新聞を作るなかで、取材・撮影・記事執筆・レイアウトまですべてを一人でこなし、「どうすれば読んでもらえるか」「何をどう伝えるべきか」に試行錯誤する日々を過ごした。

「高校では広報委員長として、毎週校内新聞を発行していました。初めて“デザインしてる”感覚を持ったのは、そのときですね。記事の内容を分かりやすく伝えるために、写真や文字の配置をどうするかを考えるようになっていきました。」
彼が最初に覚えた“デザイン”とは、美術的なセンスを競うものではなく、情報を的確に伝えるための手段だった。それはまさに“編集”的な視点であり、後のキャリアに強く影響を与えることになる。
「今でも思うんですけど、誰も記憶できない張り紙は意味ないんじゃないかって。新幹線の座席に貼ってある“やってはいけないこと”のステッカーとか見ると、もっと伝え方あるだろうって、いつも思います。」
その価値観は、デザインに“意味”や“機能”を求める彼のスタイルに通じる。「カッコよさ」や「美しさ」はあくまで副次的なもの。伝えるために必要なら、採用する。その順番を間違えないのが泰夢さんのデザイン哲学だ。
「“伝わるかどうか”がすべてなんです。だからデザインの第一歩は“何を伝えたいか”であって、“どう見せるか”はその次にくるもの。見た目を良くしても、伝わらなかったら意味がないと思っています。」
彼の原点にあるのは、“言葉”や“思考”だった。関心が向いていたのは、グラフィックやUIの美しさではなく、情報をどう届けるかという“構造”そのもの。誰よりもユーザーの目線に立ち、その視点を突き詰めていった結果、自然とデザインの道へと進んでいった。その“伝える”ことに根ざしたスタンスは、彼を「デザイナー」というより、「エディター」や「ディレクター」に近い存在へと導いている。それが彼のユニークさであり、他のデザイナーとは一線を画す点だ。
「自分のことを今でも“デザイナー”とは言い切れないんですよね。完璧なデザイナーではないし、むしろ編集者とかプランナー、ディレクター的な感覚のほうがしっくりくる。」
そんなスタンスだからこそ、ビジュアル表現だけに留まらず、伝達・構成・設計のすべてに携わることができる。まさに“ビジネスとクリエイティブの統合”を自然体で実践する彼の源泉には、新聞づくりという意外なルーツがあった。
第二章:ストリートで鍛えた「野生のデザイン力」
泰夢さんのデザインは、現場で培われてきた。美大に通ったわけでも、大手代理店で研修を受けたわけでもない。むしろ、彼のスタイルは「ストリート出身」と呼ぶのがふさわしい。現場での実践を繰り返し、手探りのなかで身に付けた“野生のデザイン”こそが、彼の武器だ。

「ファーストキャリアは出版社で、最初は営業部に配属されたんですよ。本当は編集部に入りたかったんですけどね。でも、営業部でPOP作ってくれって言われて。それが仕事としては初めてのデザインだったと思います。」
Macの使い方もわからないところからスタートしたPOP制作。並ぶ本の中で「どうやったら読者に目を止めてもらえるか」「どうすれば売れるか」。彼は試行錯誤の末に、売上アップという結果を出した。それが初めての成功体験だった。
「褒められたのは“綺麗なデザイン”じゃなくて、“売れたデザイン”だった。営業から“これ、売れるね”って言ってもらったのがめちゃくちゃ嬉しかったですね。」
その後も、彼のデザインは“成果”と密接に結びついていく。グラフィック力は、通勤電車で目にする広告や雑誌のデザインを「目でコピーする」ことで磨かれていった。プロの仕事を徹底的に観察し、紙面構成やフォント、配色を分析・模倣する日々。
「“目コピ”っていうんですけど、電車広告とかをピクチャーメモリーに焼き付けて、構成やテキストの位置、使ってるフォントまで推測して自分で再現する。でも最初は全然イケてる感じにならなくて、悔しかったですね。」
彼はとにかく“量”で覚えた。街で配られるフリーペーパーをかき集め、スターバックスのリーフレットや、結婚式の招待状まで、あらゆるデザインを収集し、自分の手で再現していった。
「DTP(チラシや冊子などの印刷物デザイン)をやっていた頃、紙の質感がすごく気になるようになって。表参道の紙屋さんに1日中張り付いて、片っ端から手で触って確かめていました。そのおかげか、当時は“これはコート紙の110gだな”って、触っただけで分かるようになってましたね。」
こうして泰夢さんの“引き出し”は広がっていく。雑誌、フライヤー、CDジャケット、企業のロゴ、ユニフォーム、Webサイト、動画、グッズ…。依頼されれば何でもやる。その貪欲さと柔軟さが、彼を「オールジャンル型」のクリエイターに育てていった。

「20代前半は、ほんと何でもやってました。例えば、ドラゴンアッシュのジャケット撮影とか。当時カメラもわかんないけど引き受けて。“夏っぽい感じ”を演出してと言われて、そのために小道具も後から調達したりしてました。とにかく何でも挑戦していました。」
そのすべてが「経験」になった。どんな依頼でも「やったことない」は理由にならない。実践の中で学んでいく。ストリートで鍛えたこのスタンスが、後の彼の飛躍を支えていく。
「デザインって、センスもあるかもしれないけど、結局は“どれだけやったか”だと思うんです。量をこなしたからこそ、反射的に判断できるようになった。条件反射みたいに、最適解が出るようになってくるんですよね。」
美大や広告代理店を経ていなくても、“現場”から生まれた知恵がある。そこにあるのは、地に足のついた強さと、どこまでも自分の手で試してきたという実感。そして、それこそが泰夢さんの“野生のデザイン力”なのだ。
第三章:ツールの進化と、自然にアップデートされるデザイン観
泰夢さんのキャリアをたどると、「時代の転換点に自然と居合わせている」ことに気づかされる。紙からWebへ、Webからアプリへ、そして今はAIへ。すべての過渡期を、自らの足で歩みながらキャッチアップしてきた。しかしそこには、決して“トレンドを追っていた”という意識はない。むしろ、彼にとっての時代の変化は自然なものであり、ツールの進化はいつも「自身のペインの解消」であったという。
「Webの可能性を感じたのは“ほぼ日”を見たときですね。もともと紙で伝えていた熱量が、Webでも伝えられるんだっていう感動があった。」
糸井重里さんが立ち上げた「ほぼ日刊イトイ新聞」は、Webメディアの黎明期に現れた異色の存在だった。言葉の温度感や読みごたえがあり、レイアウトやデザインも心地よい。その感覚は、泰夢さんにとって「Webサイトも本と同じくらい表現できる」ことを示す体験だった。
やがて自身もWordPressを使ってCMSを構築し、フリーランスとして大量のWebサイトを作るようになる。手間のかかる作業を効率化するためにツールを学び、使い倒し、限界が来れば次のツールに移っていく。それは、単なるキャッチアップではなく、必然だった。
「手離れするのが大事なんです。Webサイトを1ページずつ作ってたら終わらない。でもCMSならお客さんが自分で更新できる。だったらそっちのほうがいいじゃん、っていう感覚で。」

Photoshop、Illustrator時代から始まり、Sketch、InVisionへ。スケッチで作ったUIにアニメーションを加え、プロトタイプをInVisionで確認する。しかしその過程も、やがて限界を迎える。
「毎回スクショをInVisionにアップするのがだるいなって思ってたら、次にFigmaが出てきた。もう、これ一発でいいじゃん、って」
彼は「世界の誰かが、自分が不便だと思ったことを解決してくれる」という信頼のもと、自然と新しいツールへ移行してきた。そして、Figmaがチームの協業に最適化されていることにも早くから気づき、即座に採用している。
「チームで作る時代になったら、もうローカルファイルでやってる場合じゃない。クラウドでみんなが見れて、コンポーネントが使いまわせて、バージョン管理もできて、って考えると、Figmaしかないんです。」
その流れで、デザインシステムの構築も始まった。1人で全てのページをデザインする時代から、コンポーネントを使って他のメンバーが自由に組める時代へ。デザインの再現性と効率が重視されるようになった。
「“ログイン画面やって” “やっぱりこの仕様に変更で”って、10人分の依頼が全部1人のデザイナーに来たら回らない。でも、コンポーネントとレギュレーションさえ整えておけば、みんなが自走できる。だから“デザインシステム”って概念が生まれたんですよね。」
その後、デザインは大規模なプロダクト開発の中心になり、デザイナーはチームのハブとして動くようになる。朝会やスクラム開発、スプリント計画…。デザイナーは単に“見た目を整える人”ではなく、「どこに向かうべきかを示す人」へと進化した。
「デザインってノーススターだと思ってて。“これを目指そう”って指差す役割。だから好きなものを作るだけじゃなくて、みんなが共感できて、貢献したくなるビジョンを提示しないといけないんだと思います。」
この発言には、単なる職能としての“デザイン”を超えた、組織や事業そのものを導く力が込められている。彼の歩みは、まさに「デザイナー」という枠組みそのものを押し広げてきた軌跡でもあるのだ。
第四章:AIで生まれ変わるプロトタイピングのスピード感
「これ、もう10分あればプロトまでいけるんですよ」
今、彼が取り組んでいるのは、AIとデザインツールを掛け合わせた“爆速プロトタイプ”の実践である。
きっかけはChatGPTだった。サービスの要件やユーザーシナリオをテキストで整理し、構成を生成する。その出力を、V0(ブイゼロ)というUI自動生成AIに渡すと、即座に画面が組み上がる。さらにFigmaで細かい調整を施し、またV0に戻す。このサイクルを何度も回すのが、彼の最新のスタイルだ。
「前までは、1つのプロトタイプを作るのに2時間かかってました。それが今は、ChatGPTで要件整理するのに2分、V0に入れて3分。Figmaで仕上げて戻しても、10分くらいで完成します」
このスピードが意味するのは、精度よりも回数だ。彼が重視しているのは、1回で完璧なものを作ることではなく、何度も手を加えて完成度を高めていくプロセスそのものだ。
「ピクサーって、試写会を9回やるらしいですよ。脚本も映像も何度も作り直す。あれだけのリソースがあっても9回やるんだから、我々が2〜3回のイテレーションで満足してていいのか、って思うんです」
泰夢さんは、スクラップ&ビルドを前提とした創造を“筋トレ”のようなものだと語る。量をこなすことで反射神経が磨かれ、改善の質も高まっていく。AIはその“繰り返し”を支える最強のパートナーだ。

「1時間あれば、5〜10バージョンはいけますよ。結局、どれだけ試せるかが勝負なんです」
しかもそのスピードは、クライアントにもメリットをもたらす。これまで数週間かけていた作業を、1週間でプロトタイプ化し、何度もレビューを重ねながらブラッシュアップする。そのテンポがもたらすのは、“想像以上”の成果物だ。
「“3ヶ月かかる”って言われるより、“1週間でいけます”って言われた方がクライアントも嬉しいじゃないですか。作る側としても何度も回せた方が安心するし、クオリティも高くなる。みんながハッピーなんですよね。」
この爆速プロトタイピングの裏には、AIツールに対する高い感度がある。V0を筆頭に、彼は常に最前線のツールを試し、開発者とも直接つながって情報をアップデートしている。
「たまたまV0の日本担当者とつながって、いろいろ教えてもらってるんです。“この機能ないんですか?”と聞くと、“今作ってます”みたいなことを話しています。」こうした好奇心と行動力が、彼を“AI×デザイン”の最前線に立たせている。AIツールを使いこなす様子には「乗りこなしてる」という表現がぴったりだ。
泰夢さんのデザインに唯一無二の躍動感を与えている、“圧倒的スピード”と“没入感”。ツールが変わっても、根本の姿勢は変わらない。ただ、今の時代にふさわしい方法で、より高く、より遠くへと、彼は進化を続けているのだ。
第五章:次の山へ――終わらない登攀、終わらないデザイン
「高い山を登ったら、次の山が輝いて見えるんです。」
この言葉に、泰夢さんの本質がすべて凝縮されている。常に挑戦し続け、立ち止まることなく次のフェーズへと歩みを進める。その姿はまさに登山家のようだ。しかも、彼にとっての山は“成果”や“数字”だけではない。文化を作り、チームを育て、人を動かすところにまで視野が及んでいる。彼のこれまでの実績には、誰もが知るプロダクトがいくつも含まれている。DMM英会話ではオンライン英会話事業をデザインと体験設計の両面から取り組み、サービス成長の一端を担った。さらに、V0などのAI系プロダクトの日本展開にも間接的に関わり、今も現場の最前線で手を動かし続けている。

「一個一個、“やりきった”って実感を持って次に進んでるんです。プロダクトをスケールさせるだけじゃなくて、組織や文化が残って、僕がいなくなってもちゃんと動いてる。そういうのを見ると嬉しいですね」
彼が語る“デザイン”とは、単なるビジュアル設計ではなく、「仕組み」や「振る舞い」そのものに及ぶ。それは、サービスが拡大していく中で、自走するチームや文化をいかに根付かせるか、という視点だ。
「朝会をやる文化を残すとか、Slackが活発になるとか、振り返りをちゃんと入れるようになるとか。目に見えないけど、カルチャーとして定着する。それが一番の成果かもしれません。」
そして、そういった“見えない価値”を育てることに対して、今の彼は強い使命感すら感じているように見える。
それでも、ひとつの山に長くとどまることはない。むしろまた谷に降りて、新しい山を登る。そんな反復が彼の人生には自然に組み込まれている。
「登った山にずっといると、飽きちゃうんですよ。ふと気づくと、次の山が“おいでおいで”してる。じゃあ行くか、ってなるんです。」
この“飽き性”とも取れる性格こそが、彼を常に最先端に押し上げてきた。AIやプロトタイピング、デザインシステム、UI/UX、そして組織や文化。どれも彼の中では地続きのものであり、常に連続した“探求”の延長にある。
一方で、彼はその探求を“自己満足”で終わらせることなく、次の世代に返していくことも大切にしている。イベント登壇や勉強会への参加も、そうした還元の一環だという。
「僕も独学でやってきたけど、各ステージで“師匠”みたいな人がいたんですよ。編集者、起業家、デザイナー。それぞれから学んだことを、今度は僕が誰かに渡していく番だと思ってるんです。」
グローバルで通用するデザインを追いかける中で、かつて抱いていた「コンプレックス」も、今ではまったく気にならなくなったという。
「世界に届くデザインをつくることができれば、どこで学んだかは問題ではない。そう思えるようになってから、デザインへのこだわりも、いい意味で肩の力が抜けた気がします。」
その境地に至った彼が今、若いデザイナーたちに伝えたいことはとてもシンプルだ。
「好きなことをやった方がいいと思います。AIを使えば誰でもある程度は作れる時代。だったら、自分がやってて楽しいことを徹底的にやるべきですよ。」
山の高さに意味はない。ただ、その山を登ること自体が楽しい。そのプロセスに、学びと喜びがある。彼はそう確信している。
「今もね、体力的にはキツいときもあるんです。でも楽しいから登ってるんです。」
そう語る顔には、苦しさよりもワクワクが滲んでいた。
