歴史から視る、アウターブランディング KNOWLEDGE
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歴史から視る、アウターブランディング

歴史を振り返ると、組織としての強さ、団結力がある者達が歴史上に爪痕を残しています。

彼らには、共通して言えることが1つあり、それは組織を象徴する強力なシンボルがあることです。彼らは軍隊や派閥など1つの組織であり、他者と対立し勝つための戦略としてビジュアルを駆使していることがわかります。つまりは、ブランド力が高く外部への発信力・浸透力が高かったと考えられます。

今回は、歴史の中から視えるアウターブランディングについてピックアップします。


【注意】

この記事では宗教や独裁者を称賛するものではなく、ブランドの影響力について紹介しています。
良くも悪くもブランドにはそれだけの力があり、デザイナーとして責任と自覚を持って接することを意識しなければなりません。

アウターブランディングとは

アウターブランディングは、消費者や顧客など企業から外に向けてブランドを浸透させるブランド戦略の一つです。外からの認知・評価が、収益や企業価値に直結するため、重要なアクションでもあります。

人が触れるもの全てがブランドイメージを形成する接点であり、どの接点からでもそのブランドだと想起させられることが必須となります。広告だけでなく、営業の電話ひとつでもそうですし、素敵な女性が持っているコーヒーカップでさえもブランドイメージの形成に繋がっています。

ナチス指導者|ヒトアドルフ・ヒトラー

歴史の教科書にも出てくる、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の指導者ヒトラー。彼は、啓発教育部隊・諜報機関・宣伝部門に在籍していた経験があり、群集心理に長けていたと考えられています。自伝の中で「象徴的な紋章が運動への最初の関心を呼ぶ」とも発言しており、ブランド力を理解し、政党の広報活動を行っていたと思われます。実は、ナチスには500ページにも及ぶブランドガイド(Nazi graphics standards manual)が存在しており、タイポグラフィーや軍服、封筒のフォーマットまでも細かく基準が記載されています。近年、ブランドガイドラインなどを各企業が持つようになりましたが、その遥か前から存在していたと考えるとなかなかに恐ろしいです。

ナチスは一般的な政党・軍隊とは少し違った独特な世界観を持っています。演説や制服、敬礼ひとつにしても、他の軍隊や政党とは違った印象を持ちます。逆に言えば、特別な存在感を放っていたことになります。中でも制服のデザインはいくつかの逸話があり、そのブランド力は強いものだと裏付けされます。

【ナチス制服の逸話1】
“しっかりと仕立てられた制服は、人々に恐怖を植えつけることができる”
ナチスの制服はスリムなシルエットになっており、長身かつ威厳のあるようにも見せることができるデザインになっています。それは見た人に、ナチスは強い印象であることを植え付けられると考えて制服をデザインしたと言う話があります。制服は歩く広告でもあり、ナチスが強い存在であるとイメージを多くの人に浸透させるには最適な戦略だったと思います。

【ナチス制服の逸話2】

【ナチス制服の逸話3】
“20歳の若き脱走兵が、道中ナチス大尉の軍服を発見し、暖を取ろうとその軍服を着た矢先に、別の脱走兵から本物の大尉と間違われ、彼を部下にし権力を増幅していくー”
単なる平凡な青年が、軍服を着るだけで威厳を持つ存在に見えてしまう…。恐るべきデザイン力です…。映画「ちいさな独裁者」でこのストーリーを知ることができます。

戦国武将|飯富虎昌

戦国時代は、奇抜な兜や派手な陣羽織が多いことが有名です。愛の文字を掲げた兜で有名な直江兼続、大きな金の三日月がつけられた兜の伊達政宗。調べると、うさ耳の兜や鹿の角がついた兜などユニークなものも…。戦もさることながら、きっとファッション合戦も繰り広げられていたのでしょう。

【なぜここまで将軍達が個性あふれるビジュアルにしていたのか?
戦国時代、大小の規模に関わらず様々な地域で戦が繰り広げられており、昨日の敵が味方に、昨日の味方が敵になることは日常茶飯事でした。日々、勢力関係が変わっていくため、自身が何者なのかを敵味方に知らしめる必要があり、身に纏うものに強くアイデンティティが反映されたデザインで兜や甲冑が作られていました。また、戦乱の時代のため、死に装束になる可能性もあり、自身の生き様や想い、信仰も強く反映させたものとなっています。

赤い武具が持つブランド力!敵からも恐れられる最強の象徴!

飯富虎昌 赤備え

圧倒的な強さを誇る武将のひとり武田信玄。武田軍の強さは戦国一ともいわれており、戦歴を見るとほとんど勝利しています。その武田軍の武将・飯富虎昌(おぶ とらまさ)が率いる部隊は、赤い武具を装備して戦果を上げ続け、あまりの強さから赤備え(あかぞなえ)=最強の部隊というイメージが定着して行きました。
元々、赤色や朱色の原料は高価であり、赤い武具は功績を上げた者が大名から賜るもの=強者が身につけているものと言うことから、赤を身に纏った武将は敵から恐れられる存在でもありました。

飯富虎昌死後も武田軍で赤備えは継承されており、勝利する度に赤備えのブランドイメージ(影響力)はより強くなっていきました。真田幸村(豊臣側の武将)や井伊直政(徳川精鋭部隊)も赤備えを戦略のひとつとして採用していることから、そのブランド力の強さが伺えます。

キリスト教

教会をイメージすると十字架が思い浮かぶのではないでしょうか。イエス・キリストの死に対する勝利の象徴、復活の象徴として十字架がシンボルとなっています。教会を表すサインには必ず用いられていますし、信仰の証としてのペンダントなどにも用いられています。

キリスト教

キリスト教は歴史がとても古く、1世紀(現在より2000年前)からある宗教のひとつです。十字架と言うシンボルが重視されるようになったのはイエス・キリストが国家反逆罪で十字架(磔)で処刑された300年後の4世紀頃からです。もともとはローマ帝国での残酷な処刑法のため、恐怖心などネガティヴなイメージが強いものでしたが、ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を指示し始め、十字架刑を廃止したことなどから恐怖のイメージが消えていき、キリスト教徒達は十字架をシンボルとして広めて行きました。

十字架がシンボルとなる前は、複数のシンボルが存在していましたが、それらは中々浸透しませんでした。イエス・キリストの一件があり、十字架に深い意味・価値が生まれたからこそシンボルを浸透させることができたと考えられます。

ブランドとして発信・浸透させて行くには、シンボルのデザインだけが良いものではなく、そのシンボルが誕生したストーリーやメタファーなどがとても重要であることを痛感する一件です。

さいごに

現代においてのアウターブランディングは、戦争の戦略の一環や派閥の対立を促すものではなく、人々に想いを伝えるための手段として確立しています。歴史を振り返ると少々複雑な気持ちになりますが、ブランドを外部に発信し、人々から好かれ、選ばれるブランドづくりに邁進して行きたいです。