デジタル化にともない、ビジネスにおける体験デザインの重要性が高まっている現代。デザインやクリエイティブをどのようにビジネスに活かし、統合していくかについて、さまざまな議論が進んでいます。
そこで、ビジネス戦略からクリエイティブ制作まで一貫して支援するセブンデックスでは、「ビジネスとクリエイティブの統合」をテーマに新連載をスタート。ビジネスとクリエイティブの統合に先進的に取り組む企業が、両者の関係性をどう捉え、どのような実践をしているかを紐解きます。
連載1回目にお話を伺うのは、株式会社LayerXの専門役員 デザイン担当の野﨑駿さんです。2023年1月、野﨑さんは、LayerX初のデザインマネージャーとして入社。入社後すぐにコーポレートブランドのリニューアルを敢行し、デザイン組織の立ち上げや「バクラク」のブランドリニューアルなども推進してきました。
デザインの力でLayerXの可能性を広げてきた野﨑さんに、コーポレート/プロダクトのブランドリニューアルの進め方、ボードメンバーとの合意形成のプロセス、ビジネス側とデザイン側の両者が持つべき視点など、ビジネスとクリエイティブの統合に必要な要素を聞きました。
▼プロフィール:
野﨑駿
デザインエージェンシーでデザインから開発まで経験後、前職Goodpatchに入社。プレイヤーとしてAppやWebサービスなど複数プロダクトのUI/UXデザイン、またUIデザイナーの統括としてプロダクトのクオリティーコントロール、30人ほどのチームマネジメントなどに従事。現職では、専門役員 デザイン担当として、プロダクトのUI/UXデザインからCI/VI開発、組織作りまでと横断的に携わる。
目次
LayerXのアイデンティティを再定義する
—入社後すぐにコーポレートブランドのリニューアルに取り組んだ野﨑さん。入社時のLayerXにはどのような印象を持っていましたか?
特に感じていたことのひとつは、「ユーザー体験を軸にプロダクトをつくる」という考え方が、全社に浸透していることです。採用面談で色々な人と話しましたが、デザイナーのみならず、どの職種・レイヤーの人も、デザイン思考に代表されるユーザー起点のものづくりの重要性を語っていました。そうした土壌があるからこそ、デザインの力を最大限発揮して事業をドライブできると感じました。
—なぜ、コーポレートブランドをリニューアルしようと?
当時のLayerXは、社員数が100名弱程度で、SaaSの「バクラク」、三井物産・デジタルアセット・マネジメント、プライバシーテックと3つの事業とプロダクトブランドがありました。事業成長による競合環境の変化や、組織拡大によるカルチャーのアップデートなど、より会社として成長していく上で、改めて会社のあり方を見つめ直し、社内外に示していきたいと考えていました。
LayerXの社名は「社会にX番目のレイヤーをどんどん足す、作っていく」という思いが由来になっています。「新しい事業を立ち上げ続け、それをテクノロジーの力で加速させる」ことで、すべての経済活動をデジタル化し、さまざまな人の創造性が発揮される“より良い社会”の実現を目指すのが、この会社です。
しかし、ブロックチェーン事業で創業したこともあり、「新しい技術」「先進性」といったイメージだけが先行していました。広報や人事的にも会社のアイデンティティの再定義が必要だと感じていたのですが、デザインを統括できる人がいなかったため、タイミングを伺っていたんです。
—それで野﨑さんの入社をきっかけに、リニューアルがスタートしたんですね。
そうですね。ただ、コーポレートブランドだけを課題と捉えていたわけではありません。入社して最初に行ったのは、エンジニアやPdM、プレイヤーからボードメンバーまで、多種多様な職種とレイヤーへのヒアリング。30名近くのメンバーから解像度や粒度の違う話を聞いたことで、LayerXという会社や各事業部の課題に対する打ち手が見えてきました。そのなかで、会社の資産にも負債にもなるコーポレートブランドのリニューアルに、いち早く取り組むべきと判断したんです。
「事業成長との紐付け」「必須条件の握り」により、スムーズに進行したリニューアル
—実際にプロジェクトを進める際、何をどの程度どの予算で行うかの合意形成が必要だと思います。そのあたりの経営陣とのコミュニケーションで意識したことはありますか?
よく言われていることですが、「ブランドリニューアルが事業成長にどう寄与するのか」を伝えることは意識していました。事業成長につながる要素を分解して、たとえば「事業成長のために採用強化が必要で、そのためにはこんなブランドイメージを伝える必要がある」といった各事業上のKPIとブランドリニューアルの紐付きを、整理したんです。
ブランドやデザインの議論には、どうしてもファジーな部分が含まれます。それ自体も大事な部分として議論はしつつも、なるべく経営陣と同じ言語、ロジックで話すことで納得を得ていくようにしました。
—費用対効果やリソース配分については、どのように議論されたんでしょうか?
正直なところ、細かいリソース配分を決めたり、費用対効果を厳密に測るのは限界があると思います。その上で、目的達成に必須の優先度だといえる工数や予算、人のアサインなどは最初の段階で握っておけるといいと思います。コーポレートブランドのプロジェクトも、「このデザインパートナーのアサインは必須」「ブランドイメージを構成する上で重要な表現部分は、工数や費用を抑えることなくつくりこむ」といったことを、明確にしてスタートしました。
ただ、スムーズに議論を進めるためには経営側のスタンスも大切な要素です。LayerXはかなり早いフェーズから組織や文化に投資をしてきました。代表の福島さん自身が、どうプロダクトを成長させていくかという事業の部分と、組織づくりやカルチャー浸透といったファジーな部分の両輪を回そうとしてきたからこそ、ブランドリニューアルへの理解も得やすかったのだと思います。
プロダクト、採用広報、業務改善。様々な領域に貢献の幅を広げてきたデザインチーム
—コーポレートブランドのリニューアルから約1年経ちましたが、ビジネス的な成果にはどのようにつながっていると捉えていますか?
ブランドは、資産を積み重ねることで徐々に成果として表れるものです。そのため、まだまだこれからの部分も多いですが、社内における組織やカルチャーに関する共通言語が、少しずつ形成されつつあることは感じています。もともとLayerXには「羅針盤」という行動指針を言語化したものがありますが、コーポレートブランドの議論を通じて、より組織に浸透することができました。
その結果、社内から社外に染み出すように、採用でも「羅針盤を見ました!」という候補者の方も増えました。カルチャーマッチした候補者の方が来てくれるようになり、採用スピードや効率が高まったと感じています。
また、これはコーポレートブランドのリニューアルだけが要因ではないですが、事業を展開する上で規模の大きな会社にも信頼していただけるようになったのは大きな変化でした。
—事業の性質上、エンプラ企業からの信頼獲得は重要かと思います。コーポレートブランドリニューアル以外に取り組んできたことを教えてください。
今年の9月に発表した「バクラク」のブランドリニューアルがあります。「バクラク」は、もともとSMBを中心に展開していたので、どちらかというと「親しみやすさ」を強く押し出していました。
しかし、次のフェーズとしてエンプラ向けへの展開を強化していくなら、プロダクトの機能開発だけでなく、ブランドの信頼感もより高めていくことが必要。そこで、「バクラク」もそうですし、提供会社であるLayerXも「信頼に足る」とお客様に感じていただくために、コーポレートブランドと並行して、プロダクトブランドのリニューアルも進めてきたんです。
しかも、どちらのプロジェクトも、PdMやエンジニア、マーケター、営業、ボードメンバーなどを巻き込む大規模なものですが、デザイナー中心に進めていきました。
—デザイナーが全社にまたがるプロジェクトを推進するのは珍しいですね。他にも、デザインチームとして推進してきた施策はありますか?
去年からスタートした、LayerXのデザインについてnoteで発信する「LayerX Design Magazine」では、すでに50本以上の記事を出しています。加えて、デザイナーみずから仲間集めや、組織拡大のことまで考え、自主的に採用イベントを開催してくれたりもしています。
他にも小さいところでは、デザイン・イネーブルメントの施策として「デザイナーウィッシュリスト」に取り組んでいます。Slack上で発見した、デザイナーへの依頼やデザインで解決できそうなことにスタンプを押すと、Notionに自動で転載される仕組みです。それをデザインチームで定期的に見直しながら、優先度の高いものから解決していきます。
イネーブルメントのひとつをあげると、簡単に綺麗な資料をつくるノウハウを社内に共有しました。こうしたデザインにまつわる知見やティップスを社内に広めるイネーブルメントは、会社全体の業務のクオリティ向上や効率化につながります。引き続き進めていきたいと思っています。
デザインの役割を広げながら、ものづくりの文化を強めたい
—直近ではデザイナーに求める考え方やカルチャーをまとめた「デザイナーズデック」を公開されたと伺いましたが、その背景やこだわりを教えてもらえますか?
背景は2つあって、1つ目は、LayerXのデザイン組織やデザインに対する考え方を伝え、採用におけるカルチャーフィットを促すことです。プロダクトやコーポレートブランドの制作背景、これまでのアウトプット事例などを掲載しています。また、福島さんに「デザイナーへの期待」のメッセージを書いてもらい、経営陣がデザインを重要視していることを伝えています。
2つ目は、デザインの役割が拡張しているからこそ、改めて「ものづくりの文化」を大切にするという姿勢を、きちんと伝えていくことです。やっぱり、デザイナーには最終のアウトプットに責任を持ってもらいたいですし、デザインすることの楽しさを大事にしてほしい。そこで、今回はグラフィックを強調したデザインにしています。
—LayerXが大事にしてきたことと、これから大事にしていきたいことが表現されているわけですね。デザイン組織の今後の展望としてはどのようなものがありますか?
より越境したデザイン組織をつくっていきたいと思っています。ビジネスにおいては、デザインを主語にしすぎず、組織や事業全体の流れにデザインを溶けさせていくという考え方が重要だと思います。それを実現するにも、デザイナーがデザインという領域からもっと飛び出していけるといい。
プロダクトデザイナーだったら、より事業が見れるようにPdMの領域にまで踏み込む。コミュニケーションデザイナーだったら、マーケティングの戦略や成果、営業などへの理解を深める。デザインという枠を越境することと、デザイナーとしての「ものづくりへのこだわり」を強めること、一見すると相反する2つを同時に進めていきたいと思います。
形だけの配役では統合は進まない。まずは経営陣による発信から
—最後に、LayerXでの実践を踏まえて、ビジネスとクリエイティブの統合をするために必要だと思うことを教えてください。
よく「デザイン経営を推進するために、まずはCDOやCxOを設置しよう」という話が出ますよね。それも一つの手ですが、個人的には、それを目的に最初のステップを歩み始めてしまうと、うまくいかないことも多いように思います。
なぜなら、デザインやクリエイティブを事業成長につなげていくには、現場でのアウトカムの積み上げが大切だからです。現場で価値を生み出し、経営陣からも信頼され、リーダーシップを発揮しながらプロジェクトを進めていける人が必要。そういった人材を社内で育成し、組織が整ってきた段階で自然とCDOやCxOに任命するというのが理想だと思います。
—形だけの配役をしても機能しないと。
経営にデザインを取り入れるためには、表面的なことだけをやっていても意味がありません。1〜2年で大きな変化を生み出せるような類のものではないので、心折れずにリーダーシップを発揮し続けられる人と、続いていく仕組みをつくることのほうが大切だと思います。
—そんなリーダーシップを持ったデザイン人材を採用するためには、どうしたらいいでしょうか?
経営陣がデザインに興味を持ち、注力しているというメッセージを発信することが一番だと思います。シニアのデザイナーほど、会社や経営陣がデザインをどう考え、どのくらい投資をしているかを見ています。
もし、社内に発信できるものが揃っていないなら、まずはクライアントワークを活用するのも一つの手です。外部の優秀なデザイナーや企業と共創し、その成果を発信していく。社内にデザイン文化が根付いてきたら、一気に人材を採用して内製化を図るというのがいいと思います。
昨年のDesignship(デザインのカンファレンス)では、CDOやデザインマネージャーの方々が登壇するなか、LayerXはあえて福島さんに登壇してもらったんです。すると、色々な会社さんから「(社長の使い方がうまくて)やられた!」と言われました。経営にデザインを取り入れたい企業こそ、経営陣みずからデザイナーの集まる場に顔を出したり、発信したりすることから始めてみてはいかがでしょう。