デザインリサーチとは、デザインプロセスの一部分であり、デザイン対象となるモノやコト自体や利用者、周辺環境、状況、歴史など関連する情報を調査・分析し、制作に入る前の要件を抽出する作業と言えます。
デザインリサーチにも他のあらゆるタスク同様に、実行の前の設計(計画)フェーズがあり、デザイン制作に必要な要件を抽出するために、無数にある情報の中のどこに着目し、どのように収集するか、方法を検討していきます。
その際、人や環境から正しく情報を収集するために、主体である人の情報処理の仕組みを理解することは重要であると言えるでしょう。
今回は人の情報処理の仕組みを理解するための1つとして、認知科学における表象をテーマにお話します。
認知科学というよりは心理学の記事になってしまいますが、以下のページで関連記事をまとめています。興味のある方はぜひお読みください。
表象とは何か?
認知科学における表象とは、「対象物や状況について頭の中でモデル化したもの」の事です。
例えば、暗い部屋の中でスポットライトが“椅子のようなもの”の片側を照らしていたとします。
これを正面から見た時、頭の中でモデル化された“椅子のようなもの”は、半分に欠けており、背面や片側側面がどのようになっているかはわかりません。
この限られた情報の中から、自分の頭の中にある椅子の概念と照らし合わせ、目の前のものを椅子だと判断する事がモデル化になります。
この時、実在する“椅子のようなもの”は、実際に椅子かもしれないし、椅子の形を模したアート作品、あるいは椅子の実寸大の写真パネルかもしれません。
つまり、表象とは実在しているものを正しく表している場合もあれば、そうでない場合もあるという事になります。
表象と実在のズレ
先程の例からわかるように、実在のものと表象(モデル化されたもの)にはズレが生じる可能性があります。このズレが、どのようにして生じるのかを見ていきましょう。
まず、私たちが椅子を見た時に、それを椅子であると頭の中で判断するには感覚、知覚、認知の大きく3つのプロセスに分かれます。
感覚の段階では、実在する椅子からの光の反射を受けて、形や色などの情報を受け取ります。
知覚の段階では、受け取った情報を取捨選択して特徴を抽出し、対象の理解や識別を進めます。
最後に認知の段階で、保有する記憶や知識から対象が椅子であるという事を判断します。
しかし、人間は感覚器官の性質や構造上の問題、心的な傾向等から、各段階において完璧にプロセスを実行する事ができません。
例えば、感覚の段階では、光の反射を受けなかった部分や、視覚が二次元的な処理しかできない事による情報の欠落等があります。
また、知覚の段階では、自分が注意を向けなかった、または向けられなかった情報の欠落があり、認知の段階では、保有する記憶や知識から判断するための情報がなかった、間違っていた場合等があります。
表象と実在のズレを意識して、デザインリサーチを設計する
デザインリサーチにおける調査・分析では、“事実”を収集する事が重要となります。
その際、表象の概念を理解していれば、リサーチ手法の選択や、状況に応じた手法のカスタマイズの判断がしやすくなると言えるでしょう。
例えば、ユーザーのサービス利用の手順について知りたい場合は、インタビュー法よりも実在とのズレが少ない観察法がより適していると考えられます。
インタビュー法では、ユーザーの対象サービスに対する表象についての言動を頼りに情報を収集していきますが、ユーザが対象のサービスについて正しく認知・知覚できていない場合や、自身のサービスの利用行動を正確にメタ認知・記憶できていなければ、表象と実在が異なったり、正確に伝える事ができなかったりします。
一方、観察法であればユーザーの表象や言動に頼ることなく、より事実に近い情報を収集する事ができるでしょう。
デザインリサーチで正しい情報を得られないと、最終的な成果物が検討外れなものになってしまいます。表象の概念や生じるプロセスを理解し、実在とのズレを意識してリサーチ手法を設計する事は、正しい製品やサービス設計にとって重要な要素になると言えるのではないでしょうか。