新規事業を立ち上げる際、「KPIとして何を追えばいいのかわからない」と悩む担当者は少なくありません。
売上や利益を設定すればよいようにも思えますが、新規事業では、まだ顧客ニーズや事業モデルそのものを検証している段階もあります。売上が立っていないからといって、必ずしも事業が前に進んでいないとは限りません。
たとえば、立ち上げ初期であれば「想定していた顧客課題が本当に存在するか」を確認できたこと自体が、大きな前進です。一方で、事業が成長フェーズに入れば、顧客獲得単価や継続率、利益率など、より事業性に踏み込んだ数字を見る必要があります。
つまり、新規事業では「何をKPIにするか」以上に、「今の事業フェーズで何を確かめるべきなのか」を見極めることが重要です。
本記事では、新規事業におけるKPIの考え方から、具体的な設定方法、
0→1・1→10・10→100のフェーズ別KPI例、事業を評価する際の基準まで解説します。
新規事業におけるKPIとは
KPI・KGI・KSFの違い
KPI(Key Performance Indicator)とは、最終目標の達成に向けた進捗を測るための指標です。日本語では「重要業績評価指標」と呼ばれます。
たとえば「年間売上1億円」を目指す場合、「新規顧客数」「商談数」「継続率」などをKPIに設定することで、どこに課題があるのかを把握しやすくなります。
ただし、新規事業では顧客ニーズや事業モデル自体がまだ検証段階にあることも多いため、売上だけでなく、仮説検証の進み具合もKPIとして捉えることが重要です。
| 指標 | 意味 | 新規事業での例 |
|---|---|---|
| KGI | 最終的に達成したい目標 | 年間売上1億円、3年以内の黒字化 |
| KSF | KGI達成のために重要な成功要因 | 顧客獲得、継続利用、単価向上 |
| KPI | KSFの進捗を測る指標 | 商談数、継続率、新規顧客数 |
KGIは最終目標、KSFは目標達成に必要な成功要因、KPIはその進捗を測る指標です。
たとえば、KGIが「年間売上1億円」だとします。
その達成には「顧客を増やすこと」が重要であれば、顧客獲得がKSFになります。さらに、顧客を増やすために「月間商談数30件」が必要なのであれば、商談数がKPIになります。
この関係が崩れていると、「KPIは毎月達成しているのに、なぜか売上が伸びない」という状態になりかねません。
そのため、KGI→KSF→KPIがつながっている状態にすることが重要です。
新規事業のKPIが既存事業と異なる理由
新規事業では、既存事業と同じ考え方でKPIを設定すると、事業の状態を正しく評価できないことがあります。
理由の一つは、新規事業には不確実なことが多いからです。
既存事業の場合、過去の実績から「広告費をこれだけ使えば問い合わせが何件増える」「営業を何件行えば何件受注できる」といった予測をある程度立てられます。
新規事業では、顧客課題やサービスの価値がまだ確立していないことが多いため、売上だけでは進捗を判断できません。
立ち上げ初期は仮説検証、事業化が進めば継続利用、成長フェーズでは収益性や拡大性が重要になります。
事業の成熟度に合わせて、評価する物差しも変える。これが、新規事業のKPIを考えるうえで押さえておきたい前提です。
新規事業のKPI設計で重要な考え方
新規事業でKPIを設計するときは、一般的な指標一覧から「使えそうな数字」を選ぶだけでは十分ではありません。
大切なのは、現在の事業がどこにいて、次に何を明らかにすべきなのかから逆算することです。
ここでは、KPIを決める前に押さえておきたい3つの考え方を紹介します。
事業フェーズに応じてKPIを変える
新規事業は、一般的に「0→1」「1→10」「10→100」のように、成長段階によって抱える課題が変わります。
たとえば0→1の段階では、まだサービスそのものが成立するかわかりません。
この時期に見るべきなのは、「顧客が本当に困っているのか」「この解決方法なら使いたいと思うのか」といった部分です。
一方、一定数の顧客が利用し始めた1→10では、「一度使った顧客が継続してくれるか」「お金を払って利用してくれるか」を見る必要があります。
さらに10→100まで進めば、「どうすれば効率的に顧客を増やせるか」「投資した分だけ利益が残るか」といった事業の再現性や収益性が重要になります。
同じKPIを事業開始時から成長期まで使い続けるのではなく、その時点で乗り越えるべき課題に合わせて指標を変えることが重要です。
売上だけでなく「今検証すべき仮説」からKPIを考える
新規事業では、売上や利益ももちろん重要です。
ただし、事業の初期段階では、売上だけを見ていると「なぜ売れたのか」「なぜ売れなかったのか」がわからないことがあります。
たとえば、新しい業務支援サービスを企画している場合、初期段階では「顧客が本当に課題を感じているか」を確かめる必要があります。
そのため、売上だけでなく、
- 顧客インタビュー数
- 課題が確認できた割合
- 課題の深刻度
などをKPIに設定します。
課題が確認できたら、次はプロトタイプ利用数や購入意向など、解決策への反応を見る指標へ切り替えます。
「今、何を確かめるべきか」から逆算してKPIを決めることが重要です。
事業の進捗や検証結果に応じてKPIを見直す
新規事業では、一度決めたKPIを最後まで守り続けることが、必ずしも正解ではありません。
実際に顧客へヒアリングしてみた結果、
- 「想定していた課題はそれほど強くなかった」
- 「別の課題の方がニーズが大きかった」
とわかることもあります。
その場合、事業の仮説自体を修正する以上、それに合わせてKPIも変更する必要があります。
KPIを変えると、「目標がブレているように見える」と感じるかもしれません。
しかし、新規事業ではむしろ、検証によって得られた事実を無視し、最初に決めたKPIだけを追い続ける方が危険です。
もちろん、都合よく目標を下げればよいわけではありません。
KPIを見直す際は、
- なぜKPIを変えるのか
- どの検証結果から判断したのか
までセットで記録し、チーム内で共有することが大切です。
新規事業のKPI設定方法|5ステップ
ここからは、新規事業で実際にKPIを設定する方法を5つのステップに分けて解説します。
ポイントは、最初から「何をKPIにするか」を考えないことです。
事業の目的→現在地→成功要因→KPIの順番で整理すると、追うべき数字を絞り込みやすくなります。

ステップ1.事業の目的・KGIを定める
まず、新規事業で最終的にどのような状態を目指すのかを整理します。
たとえば、
- 3年後に売上10億円を目指す
- ○年までに黒字化する
- 新たな収益の柱をつくる
- 特定市場で一定のシェアを獲得する
などです。
「新規事業を成功させる」といった抽象的な目標だけでは、何をもって成功したのか判断できません。
最終的には、
「いつまでに」「何を」「どの状態にするのか」がわかるように設定しておくと、その後のKPIも考えやすくなります。
ただし、立ち上げ初期は市場規模や単価すら確定しておらず、精緻な売上計画を作れない場合もあります。
そのときは無理に細かな数字を作るより、「どの顧客に、どの価値を提供する事業として成立させるのか」という方向性を明確にし、検証を進めながらKGIの精度を高めていく方が現実的です。
ステップ2.現在のフェーズと検証課題を明確にする
次に、自社の新規事業が今どの段階にあるのかを整理します。
ここを飛ばすと、「他社が使っているから」という理由でKPIを選んでしまいがちです。
大きく分けると、以下のように考えられます。
| フェーズ | 主な検証課題 |
|---|---|
| 0→1 | 顧客課題や解決策が成立するか |
| 1→10 | 利用・継続され、事業として成立するか |
| 10→100 | 再現性を持って成長・収益化できるか |
たとえば0→1で、「顧客課題が存在すること」がまだ確認できていないのであれば、広告CPAを細かく改善することの優先度は高くありません。
逆に、すでに顧客ニーズが確認できているのに、いつまでもインタビュー件数だけを追っていても、次の成長にはつながりません。
「いま最も不確実なことは何か」を一つずつ洗い出してみると、次に見るべきKPIが見つかりやすくなります。
ステップ3.KSFを整理する
フェーズと課題が整理できたら、KGIを達成するうえで特に重要な要因であるKSFを考えます。
たとえば、KGIを「年間売上1億円」とします。
売上を分解すると、
- 顧客数
- 顧客単価
- 継続期間
などが影響します。
その事業では特に「一度契約した顧客が長く使い続けること」が成長の鍵になるのであれば、顧客の継続利用がKSFになるでしょう。
一方、新規顧客獲得がボトルネックなら、KSFは顧客獲得になります。
KPIは設定しようと思えば、いくらでも増やせます。
サイト訪問数、問い合わせ数、商談数、受注数、顧客満足度、SNSフォロワー数……と並べても、本当に見るべき数字がわからなくなります。
そこで、先にKSFを決め、「この事業がうまくいくために、絶対に外せない要素は何か」を絞ることが大切です。
ステップ4.KPIツリーを作り、指標に落とし込む
KGI・KSFが整理できたら、KPIツリーを使って具体的な指標へ分解します。KPIツリーとは、KGIを達成するために必要な指標を構造的に分解し、可視化したものです。
たとえば「年間売上」をKGIとする場合、「顧客数」「顧客単価」「商談数」「成約率」などへ分解することで、どの数字を改善すべきかが見えやすくなります。
新規事業の0→1では、売上だけでなく「顧客課題の検証→解決策の検証」といった仮説検証の流れを分解してKPIを設定することも重要です。
KPIツリーの具体的な作り方や注意点、ビジネスモデル別の事例については、以下の記事で詳しく解説しています。
ステップ5.目標値・計測方法・見直し頻度を決める
最後に、それぞれのKPIをどのように運用するかを決めます。
KPIとして「顧客インタビュー数」とだけ書いても、
「何件なら十分なのか」
「いつまでに実施するのか」
「誰が数字を確認するのか」
が決まっていなければ、実務では機能しません。最低限、以下は決めておきましょう。
| 項目 | 設定例 |
|---|---|
| KPI | 顧客インタビュー実施数 |
| 目標・期限 | 1か月で20件 |
| 運用方法 | 毎週進捗を確認し、月末に仮説を評価 |
さらに重要なのが、KPIそのものを見直すタイミングです。
たとえば、顧客課題の検証が終わったのに、翌月もインタビュー件数を最重要KPIとして追い続ける必要はありません。
「月次でKPIを確認する」
「フェーズが変わったら指標を見直す」
「仮説が棄却されたら再設定する」
など、あらかじめレビューのタイミングを決めておくと運用しやすくなります。
【フェーズ別】新規事業のKPI具体例
ここからは、0→1・1→10・10→100の3つのフェーズに分けて、新規事業で設定できるKPIの具体例を紹介します。
ただし、以下の数字をそのまま自社のKPIとして採用すればよいわけではありません。
自社が現在検証したいことに合わせて、必要な指標を選ぶための参考例として活用してください。
| フェーズ | 主な目的 | KPI例 |
|---|---|---|
| 0→1 | 顧客課題・解決策の検証 | インタビュー数、課題確認率、検証回数、購入意向 |
| 1→10 | PMF・事業成立性の検証 | 継続率、有料転換率、利用率、MRR、NPS |
| 10→100 | 成長・収益性の確立 | 売上成長率、CAC、LTV、解約率、利益率 |
構想・仮説検証フェーズ(0→1)
0→1は、顧客課題や解決策が本当に成立するかを確かめる段階です。
代表的なKPIは以下です。
- 顧客インタビュー数
- 想定課題が確認できた割合
- 仮説検証回数
- プロトタイプ利用者数
- 利用・購入意向
- PoC参加企業数
この段階では、件数を達成すること自体が目的ではありません。検証結果から次の意思決定ができたかを見ることが重要です。
事業化・PMF検証フェーズ(1→10)
1→10では、サービスが実際に利用・継続され、顧客に価値を感じてもらえているかを確認します。
代表的なKPIは以下です。
- 新規顧客数
- 有料転換率
- 継続率
- 解約率
- 利用頻度
- NPS
- MRR・ARR
- CAC
単純な顧客数だけでなく、「利用→価値実感→継続」のどこに課題があるかを見ることがポイントです。
拡大フェーズ(10→100)
10→100では、事業を再現性高く成長させながら、収益性を確保できるかを見ていきます。
代表的なKPIは以下です。
- 売上成長率
- 新規顧客獲得数
- CAC
- LTV
- LTV/CAC
- 解約率
- 顧客単価
- 営業利益率
- 市場シェア
この段階では、売上が伸びているかだけでなく、事業を拡大しても採算が合う状態かを確認することが重要です。
新規事業を評価する基準・評価方法
KPIを設定したら、その数字をもとに新規事業を評価します。ここで区別しておきたいのが、「KPI」と「評価基準」です。
KPIは事業の進捗を見る数字です。一方の評価基準は、その結果を踏まえて「継続するのか」「改善するのか」「ピボットするのか」を判断するための物差しです。
評価するときは、売上だけでなく、顧客価値・事業性・戦略性の3つの観点から見ると整理しやすくなります。
顧客価値|顧客課題と提供価値が成立しているか
まず確認したいのは、そもそも顧客に求められている事業なのかです。
どれほど精緻な事業計画を作っても、顧客が価値を感じなければ事業は成立しません。
確認したいのは、
- 解決したい顧客課題が実在するか
- その課題の優先度は高いか
- 提案した商品・サービスで解決できるか
- 継続して利用したいと思われているか
- 対価を支払う意思があるか
などです。
特に0→1では、売上の大きさより、**「顧客課題と提供価値が噛み合っているか」**を優先して評価します。
事業性|収益性や継続性があるか
顧客に喜ばれるサービスでも、提供するほど赤字になるのであれば、事業として継続するのは難しくなります。
そこで、
- 市場規模
- 売上
- 利益率
- CAC
- LTV
- 黒字化までの期間
- 市場成長性
などから、経済的に成立するかを確認します。
ただし、立ち上げ直後の新規事業に、成熟した既存事業と同じ利益率を求めるのは現実的ではありません。
現在の利益だけを見るのではなく、顧客数の増加や単価改善によって将来的に利益が出る構造になっているかまで含めて考えます。
戦略性|自社の強みや経営戦略と整合しているか
新規事業では、「儲かりそうか」だけではなく、その会社が取り組む意味があるかも重要です。
たとえば、
- 自社が持つ技術・顧客基盤を活用できるか
- 既存事業とシナジーがあるか
- 他社には真似しづらい強みがあるか
- 中長期の経営戦略に合っているか
- 自社が保有するブランドやデータを活かせるか
などを確認します。
短期的な売上が小さくても、既存事業との大きなシナジーが期待できるのであれば、続ける価値があるかもしれません。
反対に、市場は魅力的でも、自社が参入する理由や競争優位性が見えなければ、投資を続けるべきか慎重に検討する必要があります。
新規事業のKPI運用でよくある失敗と注意点
KPIは、設定しただけでは事業を成長させてくれません。
むしろ、間違ったKPIを追い続けることで、チーム全体が本来やるべきことから離れてしまうケースもあります。
最後に、新規事業のKPI運用で起こりやすい失敗を紹介します。
初期から売上・利益だけを追ってしまう
新規事業でよくあるのが、立ち上げ直後から既存事業と同じように売上・利益を求めることです。
もちろん、最終的に収益化できなければ事業として成立しません。
ただ、0→1では「ニーズがあるか」「商品が受け入れられるか」を確かめる段階です。
その段階で売上だけを強く求めると、「とにかく今月売れる顧客を探す」ことが優先され、本来検証すべき顧客課題やサービス価値が置き去りになることがあります。
フェーズに応じて、短期的な売上と仮説検証のどちらを優先するのかを決めておくことが大切です。
KPIを増やしすぎる
新規事業では確認したいことが多いため、KPIも増えがちです。
売上、問い合わせ、商談、受注、PV、SNS、NPS、インタビュー件数……と10個、20個と設定すると、結局どれを最優先にすればよいのかわかりません。
KPIは「測れる数字の一覧」ではなく、事業を前に進めるために特に見るべき数字です。
すべての数字を管理対象にするのではなく、
「この数字が悪ければ、次の行動を変えるか?」と問いかけてみると、必要なKPIを絞りやすくなります。
既存事業と同じ物差しで評価する
新規事業と既存事業では、目的が異なります。
既存事業では、すでに成立しているビジネスモデルを効率よく伸ばすことが求められます。
一方、新規事業の初期には、「何が成立するかわからない状態から勝ち筋を探す」ことが必要です。
そのため、既存事業と同じ売上、利益率、ROIだけで評価すると、まだ検証途中にある有望な事業まで早期に打ち切ってしまう可能性があります。
フェーズごとに「何をもって前進とするのか」をあらかじめ経営層と共有しておくことが重要です。
KPIを見直さない
KPIを一度決めたら変えてはいけないと思い込むことも、よくある失敗です。
新規事業では、顧客調査やPoCを進めるたびに新しい情報が入ってきます。
当初は「利用者を増やすこと」が課題だったものの、実際には「利用者は増えるが定着しない」ことがわかれば、追うべき数字は新規登録者数から継続率へ変わります。
事業の課題が変わったのに、KPIだけが以前のままでは意味がありません。
月次・四半期など定期的なレビューの場を設け、「今、このKPIを追う理由はあるか」を確認しましょう。
撤退・ピボット判断の基準がない
新規事業では、「もう少し続ければうまくいくかもしれない」という心理が働きやすく、撤退判断が難しくなります。
ただし、KPIを一度下回っただけで即撤退するという意味ではありません。
たとえば継続率が目標未達でも、「明確な改善要因があり、次の検証で改善できそう」という状態と、「複数回改善しても顧客ニーズそのものが確認できない」という状態では判断が異なります。
数字だけではなく、なぜ未達なのかまで含めて評価する必要があります。KPIは、事業を機械的に終了させるための数字ではありません。
継続・改善・ピボット・撤退を感覚だけで決めないための共通言語として使うことが重要です。
まとめ
新規事業のKPIには、「この指標を設定すれば正解」というものはありません。
構想段階であれば顧客課題や仮説の検証、事業化が進めば継続利用や収益性、成長フェーズではCACやLTV、利益率など、事業の状態によって見るべき数字は変わります。
そのため、KPIを決める際には、
- 事業の目的・KGIを明確にする
- 現在の事業フェーズを把握する
- 今検証すべき課題を整理する
- KSFからKPIへ落とし込む
- KPIツリーでKGIとのつながりを確認する
- 検証結果に応じてKPIを見直す
という流れで考えることが大切です。KPIは事業を管理するためだけの数字ではありません。
「今、どこまでわかっていて、次に何を確かめるべきなのか」をチームで共有し、次の意思決定につなげるための指標として活用しましょう。
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